藤並城(ふじなみじょう)

所 在 地  有田郡有田川町下津野
標   高  28m
比   高   2m
築 城 者  藤並氏
築 城 年  永和五年(1379年)
形   式  山城
遺   構  土塁 堀切 石垣 竪堀  
登城時間  ―
 

歴 史

 藤並城の築城者については諸説あるが、鎌倉時代に紀伊国最大の武士団を形成した湯浅党の一員である藤並氏が居城としたと伝えられている。
 南北朝時代になると湯浅氏が没落し、代わって紀伊国守護となった畠山氏の家臣である堅田次郎八平頼純が藤並城を居城としたという。
 

現 状

  藤並城は有田川下流左岸に位置し、旧吉備町の中心地である下津野に築かれている。
 城跡は現在、ミカン畑として開墾されているが、堀や土塁が良好な状態で残されている。曲輪は東西約90m、南北約75mの規模で、東・北・西側には堀と土塁が巡らされている。特に北側の堀は、幅・深さともに良好な状態で残されている。
 県内の中世城郭では、藤並城のように平地に築かれた館城で、堀や土塁が良好に残されている例は少なく、貴重な城跡である。

写 真

                                 
案内看板 案内看板
空堀 空堀
空堀 曲輪
曲輪 土塁
土塁 案内看板
                                              

地 図




紀中地方の城跡