亀山城(かめやまじょう)
所 在 地 御坊市湯川町丸山 標 高 117m 比 高 113m 築 城 者 湯河光春 築 城 年 南北朝時代 形 式 山城 遺 構 曲輪 土塁 虎口 石垣 登城時間 20分
歴 史湯河氏の祖は、甲斐武田氏の一族である武田忠長で、甲斐国を追われて道ノ湯川(田辺市本宮町道湯川)に来住したと伝えられている。忠長は、領民を苦しめていた岩上峠に出没する山賊を討ち取り、その功績により六波羅探題から恩賞として牟婁郡芳養荘を与えられ、内羽位城を築いたという。 3代目の光春は、安定した芳養荘を基盤として日高地方へ進出し、周辺の領主を屈服させたうえで、居城として亀山城を築いたとされる。 11代直光は、現在の紀央館高校や湯川中学校付近に、東西225m、南北200mの規模で、周囲を二重の水堀で囲んだ小松原館を築いた。小松原館は、各地の守護所にも匹敵する規模と構造を備えていたという。 |
現 状室町幕府奉公衆であり、紀南の旗頭であった湯河氏の居城である亀山城は、日高平野を一望する標高118mの山頂に築かれている。城跡までは、麓の丸山集会所に車を駐め、そこから道標に従って農道を登ると到達する。 主曲輪は東西40m、南北25mの規模で、周囲には高土塁が巡らされている。南側下方にある二ノ曲輪の西側土塁の切れ間が虎口となっている。また、主曲輪北側下方には三ノ曲輪があり、その下方にも階段状に曲輪が配置されている。 現在、亀山城周辺は果樹園などに開墾されているため、城跡の全貌を確認することは難しい。しかし、当時は亀山全体に曲輪が配置され、惣廻は約2kmにも及ぶ、県内最大規模の山城であったと伝えられている。 なお、亀山城は平成28年3月16日に和歌山県指定文化財(史跡)に指定されている。 |
写 真 |
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| 主曲輪 | 主曲輪土塁 |
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| 石碑 | 供養塔 |
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| 二ノ曲輪 | 二ノ曲輪土塁 |
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| 二ノ曲輪櫓台 | 二ノ曲輪土塁石垣 |
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| 二ノ曲輪虎口 | 三ノ曲輪 |
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| 復元想定図 | 縄張図 |
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| 小松原館跡 | 小松原館水堀跡 |
経 路 |
