小野田城(おのだじょう)

所 在 地  海南市小野田
標   高  78m
比   高  36m
築 城 者  不明
築 城 年  不明
形   式  山城
遺   構  曲輪、土塁、堀切、溜池、石積
登城時間  15分
       
 

歴 史

 小野田城は、小野田郷の地頭職を務めた者の居城であったと伝えられる。
 天正13年(1585)、羽柴秀吉による紀州攻めの際、小野田郷の地頭職(神官小野田氏か)が根来寺と通じていたため、秀吉軍の攻撃を受けて落城したという。
 その際、城主は家臣24将とともに討死したと伝えられる。

 

現 状

 小野田城は、宇賀部神社の裏山に築かれた山城で、二段の曲輪が設けられている。
 曲輪の規模は約28m×32mで、東側には最大幅約4mの土塁が設けられている。また、土塁直下の地形によって、西側からの侵入を遮断する構造となっている。
 東側の土塁外側には、切岸を補強するためと考えられる石積みが認められる。また、南側には帯曲輪と、溜池跡と思われる窪みが残されている。
 小野田城は、東側に堀切が一条設けられているのみで、周辺の地形も比較的緩やかなことから、防御性は必ずしも高くない。このことから、敵の動向を監視する見張りを主な目的とした城であった可能性が考えられる。
 

写 真

                                 
登城口 堀切
切岸 切岸石積
曲輪 東側土塁
南側帯曲輪 南側溜池跡
宇賀部神社 案内看板
     


経 路

    
  
    
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登城経路(動画)

地 図




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