大久保城(おおくぼじょう)

所 在 地  伊都郡かつらぎ町平
標   高  451m
比   高   58m
築 城 者  不明
築 城 年  不明
形   式  山城
遺   構  曲輪 堀切
登城時間  15分
       
 

歴 史

 かつらぎ町平は、紀の川中流域の支流である穴吹川最上流域の山間部に位置し、和泉山脈南斜面に広がる集落であり、中世には伊都郡四郷の一つに数えられていた。
 天正9年(1581)の織田信長による高野攻めの際には、織田軍が北側の高所にある成高山城に布陣したとの伝承が残されている。
 信長軍は平周辺の寺院などを焼き討ちし、大久保城を攻め落としたと伝えられている。

 また、周辺には「殿林」や「姫屋敷」など、城館との関係をうかがわせる地名が残されている。
 

現 状

 かつらぎ町平大久保地区は、約450年前から続く串柿の産地として知られている。
 城跡へは、四郷大久保地区から南側に広がる柿畑の農道を下り、柿畑の南端からさらに進むと到達する。
 遺構は、二段の曲輪から構成されている。
 現在は荒れ地となっているため、城域全体の形状を確認することは難しいが、造成された広い平坦地を主曲輪とし、その南側には約2m低い位置に二の曲輪が配置されている。
 また、尾根を遮断する堀切は比較的良好な状態で残されている。

 曲輪の東西は急峻な斜面となっており、自然地形を利用した防御性の高い縄張りであったことがうかがえる。
 なお、二の曲輪には祠跡が残されている。
 

写 真

                                 
柿畑先端にある城跡 主曲輪
ニノ曲輪 二ノ曲輪から主曲輪を望む
 
二ノ曲輪祠跡 堀切
堀切 南側尾根

経 路

                                                        



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 登城経路(動画)

地 図




紀北地方の城跡