ヒバシ峠城(ひばしとうげじょう)
所 在 地 紀の川市下鞆渕 標 高 370m 比 高 40m 築 城 者 高野山勢 築 城 年 1581年(天正9年) 形 式 山城 遺 構 曲輪、土塁、虎口 登城時間 10分
歴 史ヒバシ峠城は、高野山の荘園であった鞆渕荘と安楽川荘の境界にあたる日待峠を見下ろす位置にあり、高野山荘園内の要所に築かれた、情報伝達を目的とする城跡の一つと考えられる。築城年代は明らかではないが、他の高野山荘園内の高所に築かれた城と同様に、織田信長(信孝)が高野山へ攻め入った天正9年(1581)頃に築かれたものと推測される。 |
現 状日待峠までは林道を車で登ることができ、そこから南側の杉林を登ると城跡に到達する。 ヒバシ峠城は、三方から延びる尾根が合流する位置に築かれた単曲輪の山城である。曲輪の西端には低い土塁が設けられ、その外側の低い切岸直下には横堀状の帯曲輪が取り付き、虎口へとつながっている。 |
写 真 |
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| 日待峠 | 北側斜面 | |
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| 曲輪 | 曲輪西側土塁 | |
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| 虎口 | 西側帯曲輪と切岸 | |