飯盛山城(いいもりやまじょう)

所 在 地  紀の川市麻生津中
標   高  746m
比   高   74m
築 城 者  六十谷定尚
築 城 年  建武元年(1334)
形   式  山城
遺   構  曲輪、土塁、横堀
登城時間  15分
       
 

歴 史

 建武元年(1334)、湯浅党の六十谷定尚が北条高時の一族である佐々目憲法を擁して飯盛山に籠ったため、足利(斯波)高経が大将軍として派遣され、配下の本木宗元が飯盛山城を攻めて軍功を挙げたと伝えられている。
 その後、天正9年(1581)の織田信長による高野山攻めに際して、高野山衆徒が城を改修したと考えられる。
 現在残る横堀や土塁などの遺構は、この時期の改修によって整備された可能性がある。
 

現 状

 飯盛山城へは、模擬天守閣「飯盛城」付近に車を駐車し、そこから徒歩で約15分で城跡に到達する。
 遺構は飯盛山山頂に設けられた曲輪を中心に、その周囲を帯曲輪が取り巻いている。北側から東側にかけてはL字形の横堀が設けられ、幅約4m、土塁は高いところで約1.5mを測る。
 曲輪から横堀までは約5mの高低差があり、急峻な切岸と横堀を組み合わせた防御構造となっている。

写 真

                                 
模擬天守(飯盛城)  模擬天守入口   
     
林道から分かれここから直登  東側切岸   
曲輪 曲輪
北側帯曲輪 北側切岸  
 
横堀 横堀  
     
横堀  北側遠景   


経 路

      
  
    
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  登城経路(動画)

地 図





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