今城山城(いましろやまじょう)

所 在 地  紀の川市桃山町赤沼田
標   高  636m
比   高   18m
築 城 者  高野山
築 城 年  天正年間
形   式  山城
遺   構  曲輪、土塁、堀切、横堀、石垣
登城時間  5分
       
 

歴 史

 今城山城は伊都郡と那賀郡の境界に位置し、紀ノ川から麻生津峠を越えて高野山へ至る西高野街道や、鞆渕荘を見下ろす要衝に築かれている。
 築城主体は高野山勢と考えられる。現在みられる縄張りは、横堀を巧みに取り入れた構造となっていることから、織田信長による高野山攻めが行われた天正9年(1581)頃に改修され、現在の姿に整えられた可能性が考えられる。
 

現 状

 今城山城へは、近くの山道まで車で登ることができるが、道幅が狭く急勾配であるため、通行には注意が必要である。
 城跡は、堀切を挟んで二段の曲輪が配置され、曲輪の周囲を横堀と帯曲輪で囲む縄張りとなっている。縄張りの規模は約70m×120mに及び、高野山勢が築いた山城の中でも最大級の規模を有する。
 主曲輪の南東側には曲輪が連続し、東側には犬走状の細長い帯曲輪が設けられている。
 また、麻生津峠側へ続く尾根との接続部には、石垣で補強された虎口が開かれ、西側にも帯曲輪が配置されている。

 高野山勢が築いた山城に特徴的な横堀が随所に残されているが、横堀や帯曲輪による防御施設に比べ、急峻な切岸などの防御性はそれほど高くない。
 横堀や堀切、石垣で補強された虎口など、見どころの多い城跡であり、高野山勢の築いた山城の特徴をよく見ることができる城跡である。

写 真

                                 
主曲輪 主曲輪
南西側堀切と土橋 南西側土塁と石垣
主曲輪と二ノ曲輪を区画する堀切と土塁 主曲輪と二ノ曲輪を区画する堀切  
 
南側横堀 南側横堀  
     
 南側横堀 東側切岸  
     
東側帯曲輪  北側虎口石垣   
     
北側虎口  麻生津峠方面   
     
北側帯曲輪  西側帯曲輪  


経 路

      
  
   
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  登城経路(動画)

地 図





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