野田原城(のだはらじょう)

所 在 地  紀の川市桃山町野田原
標   高  220m
比   高   93m
築 城 者  根来寺衆徒
築 城 年  不明
形   式  山城
遺   構  曲輪、堀切、土橋、土塁 
登城時間  15分
       
 

歴 史

 野田原城が所在する神縄掛(かんじょうがけ)集落は、約800年前に野田原八郎左衛門範景が神縄掛城を築いて居城としたことが、その始まりと伝えられている。
 城は、三方を急峻な山に囲まれた通称「城ケ原」に位置する。
 天正13年(1585)の羽柴秀吉による紀州攻めの際には、根来寺の衆徒がこの地に立て籠もり、抵抗したと伝えられている。
 

現 状

 野田原城は梯郭式の縄張りを呈し、尾根北端に一の曲輪を置く。一の曲輪から土橋を渡ると、城内で最も広い二の曲輪があり、さらに岩盤が露出した急斜面を下ると、堀切を挟んで三の曲輪が設けられている。
 三の曲輪からさらに南側の尾根を進むと、城跡の一部であるかは明確ではないものの、広い平坦地があり、その西側には土塁が残されている。
 野田原城は、山頂部の曲輪の削平が十分ではないことから、短期間で築かれた臨時的な城であった可能性が考えられる。一方、南端の平坦地は比較的造成が施されていることから、城跡に伴う屋敷地であった可能性も考えられる。

写 真

                                 
農道 登城口
一の曲輪 一の曲輪北側腰曲輪
切り残しの土橋 二の曲輪
二の曲輪にある巨岩 二の曲輪の岩盤が露出した切岸
三の曲輪堀切 南側端の平坦地
南側端の平坦地西側土塁 南側端の平坦地西側土塁


経 路

   
  
    
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 登城経路(動画)

地 図





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