岡城(おかじょう)

所 在 地  紀の川市上丹生谷、下丹生谷
標   高  112m
比   高   17m
築 城 者  山中弾正忠政利
築 城 年  室町時代
形   式  丘城
遺   構  曲輪、堀切、竪堀
登城時間  10分
       
 

歴 史

 岡城があった旧丹生屋村は粉河寺領で、近隣の高野山領名手荘とは、境界や用水の問題をめぐって対立、抗争が続けらていた。
 築城者の山中弾正忠政利は上下丹生谷村とこれに隣接する川原村を支配していたが、その孫の政方のとき、名手新蔵人、宇野一族らに攻められて落城、政方は敗死したという。
 

現 状

 岡城跡は道路を挟んで東西二か所に分かれて所在し、粉河荘の東端に位置している。
 西岡城は舌状に張り出した段丘上に築かれており、現在は墓地や果樹園に改変されているが、遺構は上下二段の曲輪からなり、墓地には土塁が残るほか、東西両側は急峻な崖となっている。
 曲輪南側には竪堀が確認でき、東側の隅には見張櫓があったとの伝承が残されている。
 東岡城は、西岡城の北東約100m、道路を挟んだ舌状段丘の先端部に位置し、現在は果樹園や墓地となっている。曲輪の周囲には帯曲輪が巡り、東側には竪堀が確認できる。
 両城を比較すると、西岡城の方が規模が大きく、東岡城は西岡城を補完する出城的な役割を担っていた可能性が考えられる。

写 真

                                 
西岡城曲輪 西岡城曲輪
西岡城南側堀切跡 堀切跡から続く竪堀
東岡城曲輪 東岡城帯曲輪  
 
東岡城堀切 東岡城と西岡城を隔てる道路  


経 路

      
  
   

地 図





紀北地方の城跡