小飯盛山城(しょういいもりやまじょう)

所 在 地  紀の川市麻生津中
標   高  610m
比   高   66m
築 城 者  高野山
築 城 年  不明
形   式  山城
遺   構  曲輪、土塁
登城時間  45分
       
 

歴 史

 小飯降山城は『紀伊続風土記』にも記載があり、高所に築かれていることから、広域的な支配力を有していた高野山勢が築城主体であった可能性が考えられる。
 築城時期については明らかではないが、織田信長による高野山攻めに際して、敵勢の動向を監視するとともに、情報伝達を行うことを目的として築かれた可能性が考えられる。
 

現 状

 小飯盛山城は、飯盛山城から未舗装の工事用道路や山道を西へ約1.5km進んだ位置にあり、小飯盛山の山頂から一段下がった平坦地に築かれている。
 城跡は植林や山道の造成などによって改変され、往時の形状は不明瞭であるが、北側には低い土塁が二重に巡っている。
 曲輪と周辺地形との高低差が小さく、防御性に乏しい構造である一方、飯盛山城方面への見通しに優れていることから、飯盛山城との間で情報を伝達するための施設として利用された可能性が考えられる。

写 真

                                 
作業道(新道)  作業道(新道)   
     
曲輪  曲輪   
土塁 土塁(外側より)


経 路

      
  
   
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  登城経路(動画)

地 図





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