扇山城(おおぎやまじょう)

所 在 地  日高郡みなべ町西岩代
標   高  190m
比   高  150m
築 城 者  岩代兵部春昌
築 城 年  天正13年(1585年)
形   式  山城
遺   構  曲輪 空堀    
登城時間  1時間
 

歴 史

 

 天正13年(1585)、羽柴秀吉の紀州征伐軍の部将である仙石秀久らに追われた湯河直春と、岩代荘の地頭であった岩代兵部春昌が扇山城を築き、籠城して防戦したが、敗れたという。
 また、扇山城が落城した際、湯河直春が小判を埋めたという伝承がある。

 

現 状

 扇山城は、みなべ町西岩代と印南町島田との境界に位置している。
 城跡までは農道を登り、そこから雑木林の中を進むと標高199mの三角点に達する。そこから南東へ約200m進むと城跡に到達する。
 曲輪と思われる平坦地は東西10m、南北30mほどの規模で、その周囲には低い土塁が残されている。さらに土塁の外側には、ほぼ埋没した空堀状の溝が平坦地を取り巻いている。
 その他の尾根についても調査したが、堀切などの明確な城郭遺構は確認できなかった。曲輪と思われる平坦地の周囲を土塁と空堀状の溝で囲む構造からみて、扇山城は臨時的に築かれた陣城であった可能性が考えられる。

写 真

                                 
農道 溝状遺構
曲輪  北方面遠景 


経 路

 

                                     

地 図

扇山城は、みなべ町西岩代と印南町島田との境界に位置している。 城跡までは農道を登り、そこから雑木林の中を進むと標高199mの三角点に達する。そこから南東へ約200m進むと城跡に到達する。 曲輪と思われる平坦地は東西10m、南北30mほどの規模で、その周囲には低い土塁が残されている。さらに土塁の外側には、ほぼ埋没した空堀状の溝が平坦地を取り巻いている。 その他の尾根についても調査したが、堀切などの明確な城郭遺構は確認できなかった。曲輪と思われる平坦地の周囲を土塁と空堀状の溝で囲む構造からみて、扇山城は臨時的に築かれた陣城であった可能性が考えられる。


紀中地方の城跡