城の段城(しろのだんじょう)
所 在 地 日高郡みなべ町晩稲
標 高 55m 比 高 44m 築 城 者 山田下野守
築 城 年 南北朝時代 形 式 丘城 遺 構 曲輪、堀切 登城時間 5分
歴 史南北朝時代に紀伊守護職大内氏の被官であった山田氏が、高野山領であった南部荘に赴き、この地に館城を築き、荘官を勤めたという。 |
現 状城跡は尾根の先端部にある台地上に位置し、南部平野を見渡すことができる。南部梅林の開園時には観光客で賑わう観賞道沿いにあり、現在は民家や梅畑となっているため、地形は大きく改変されている。 曲輪部分は東西約50m、南北40mほどの規模で、東側の里道部分は当時の堀切跡といわれている。 また、その一段下にある平坦地については、城跡の一部であるかどうかは不明である。 |
写 真 |
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| 南部梅林入口 | 曲輪 |
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| 帯曲輪か? | 帯曲輪か? |
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| 堀切跡 | 南部平野遠景 |