下里城(しもさとじょう)

所 在 地  東牟婁郡那智勝浦町下里
標   高  80m
比   高  50m
築 城 者  土井佐渡守
築 城 年  寛正3年(1462年)
形  式  山城
遺   構  曲輪 土塁 堀切 溜池
登城時間  40分
 

歴 史

 築城者は土井佐渡守と伝えられているが、詳細については不明である。
 城跡西側にある下里神社南側の一帯(現在は空地およびコンビニ敷地)が土井氏の居館跡と伝えられており、かつてその付近には「土井ノ井戸」と呼ばれる井戸があったが、現在は残されていない。
 また、南側には土井氏の菩提寺と伝えられる龍蔵寺があり、墓地には五輪塔が4基祀られている。ただし、これらが土井氏の墓であるかについては明らかではない。
 

現 状

 下里城は太田川下流域に位置し、集落を見下ろす標高50mほどの小高い山に築かれている。
 城跡へは、町立太田中学校から整備された津波避難道を進み、そこから道のない急斜面を登る。深いシダにも行く手を阻まれながら、ようやく城跡に至る。
 城跡は、曲輪部分が造成によって大部分が破壊されているが、溜池跡も残されていたようである。
 曲輪北側の尾根には二重の堀切が設けられており、曲輪直下の堀切は深く、岩盤を削り込んで築かれている。
 また、堀切の掘削によって生じた石を利用した石垣が斜面に残されている。
 なお、曲輪から約200m離れた北東側の尾根には、10m四方ほどの曲輪があり、周囲を土塁で囲んでいることから、出丸として築かれたものと考えられる。
 

写 真

                                 
北側より城跡に至る尾根 北側尾根堀切
北側尾堀切 堀切と繋がる建竪
堀切内部石垣 造成された曲輪跡
曲輪北側の櫓台のような土盛 周辺を土塁で囲んだ出城

経 路


   

                                

地 図






紀南地方の城跡