天満城(てんまじょう)

所 在 地  東牟婁郡那智勝浦町天満
標   高  80m
比   高  32m
築 城 者  実報院米良氏
築 城 年  天正年間
形   式  山城
遺   構  曲輪、土塁、堀切、虎口
登城時間  15分
       
 

歴 史

 天満城は、那智社家である実報院米良氏と廓之坊との合戦に際し、藤倉城の出城として築かれたものと考えられる。
 天満城は浜ノ宮海岸を見下ろす位置に築かれており、廓之坊を支援する古座水軍の高川原氏らが浜ノ宮海岸から上陸する際の拠点として、勝山城への兵糧支援を阻止するとともに、本城である藤倉城を防御する役割を担った城であったと考えられる。
 

現 状

 天満城は天満球場裏山にある尾根上に築かれた山城で、城跡からは勝山城や浜ノ宮海岸が見通すことができる。
 この城は尾根上に約150m範囲が城跡と思われ、南側から連続した堀切があり、そこを過ぎると痩せ尾根上に巨岩が点在する異質な構造である。
 痩せ尾根を更に北側に進むと、主曲輪とを遮断する深い堀切とそれに繋がる竪堀がある。
 堀切から鉄塔を過ぎた平坦地が主曲輪であり、低い土塁と西側に虎口が開き、そこから斜面を下ると腰曲輪がある。 
 北端の主曲輪には、東西が急斜面であり南側尾根から攻めるしかなく、防御性に優れた山城である。
 なお城跡までは天満小学校横から舗装された道が南側まで整備されているが、道幅が狭いため、徒歩での登城をお勧めする。

写 真

                                 
南側堀切 南側堀切
連続する堀切 南側堀切
祠跡平坦地 巨岩が点在するやせ尾根
     
 尾根平坦地 北側堀切   
     
北側堀切  主曲輪  
     
主曲輪土塁と虎口  主曲輪土塁  
     
主曲輪東側斜面   腰曲輪   
     
浜ノ宮方面   勝山城方面  


経 路

    
  
    
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 登城経路(動画)

地 図





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