殿和田森城(とのわだもりじょう)

所 在 地  新宮市佐野
標   高  87m
比   高  80m
築 城 者  堀内氏虎
築 城 年  元亀、天正年間
形   式  山城
遺   構  曲輪、土塁、堀切
登城時間  30分
       
 

歴 史

 殿和田森城は、戦国時代に堀内安房守氏虎が佐野荘を拠点とした際に築いた城と伝えられている。
 城跡は佐野荘と三輪崎荘の境界に位置し、旧那智街道の要衝を押さえる立地に築かれている。
 天正9年(1581)、堀内氏は那智社家である実報院米良氏と結びつき、実報院米良氏と対立していた廓之坊の居城・勝山城を攻め、これを落城させている。
 殿和田森城は、那智方面から佐野荘へ侵攻する敵に対する備えとして、街道を監視・防御する重要な役割を担った城であったと考えられる。
 

現 状

 城跡へは、三輪崎集落から途中まで荒れた山道を進み、そこから雑木林の斜面を登ると南東側の尾根に取り付く。そこから尾根を北西方向へ進むと、尾根を遮断する幅約3mの堀切がある。
 堀切を越えた先には曲輪があり、現在は全体が羊歯に覆われているため、遺構の状況を確認しにくい。曲輪西側には低い土塁が残され、南側と北側にはそれぞれ堀切が設けられ、尾根筋を遮断している。
 なお、主曲輪には城跡であることを示す案内看板が設置されているが、文字が消えており、現在は内容を判読することができない。
 

写 真

                                 
宇久井集落から 南西側堀切
南西側堀切 曲輪
曲輪 西側土塁
西側土塁 南側堀切
北側堀切 北側堀切と切岸
 


経 路

    
  
    
↑↑↑   
 登城経路(動画)

地 図




紀南地方の城跡