深谷城(ふかたにじょう)

所 在 地  田辺市深谷
標   高  218m
比   高  130m
築 城 者  木村内膳
築 城 年  不明
形   式  山城
遺   構  曲輪 井戸跡   
登城時間  5分
 

歴 史

 深谷城は、佐々木高綱より13代後裔にあたる木村長門守内膳の居城であったと伝えられている。
 内膳は、市鹿野城主の温田角太夫に攻められ、戦いの最中に討死したとの伝承が残る。
 江戸時代初頭に編纂された『安宅一乱記』には「樫山主馬深谷の要害を持つ」と記されており、安宅氏の家臣であった樫山氏が、この急峻な山に城を構えていたことがうかがえる。
 木村内膳と樫山氏との関係については明らかでない。一方、木村内膳を攻めたとされる温田氏は、安宅氏の命を受けて深谷に攻め入ったとも考えられるが、その後の経緯や温田氏と深谷との関係については不明な点が多い。

現 状

 深谷城は、日置川の支流である深谷川東岸の城ノ森山に築かれている。
 城跡近くまでは舗装された山道を車で登ることができる。周辺には数軒の空き家が見られ、かつては木村氏の末裔にあたる方が居住していたと伝えられている。
 城跡は主曲輪と、その西側下方に設けられた腰曲輪から成る。腰曲輪には井戸跡と伝わる窪地が残り、さらにその下方には幅約4m、長さ約100mに及ぶ細長い平坦地があり、馬場跡と伝えられている。

写 真

                                 
主曲輪 腰曲輪
馬場 井戸跡
遠景 案内板


経 路

                                                  

      

                                    

地 図




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