吉礼古城(きれこじょう)

所 在 地  和歌山市吉礼
標   高  27m
比   高  17m
築 城 者  木村景綱
築 城 年  南北朝時代
形   式  丘城
遺   構  曲輪、堀切 
登城時間  10分
       
 

歴 史

 築城者とされる木村平左衛門景綱は、近江国から浪士としてこの地に移り住み、城を築いたと伝えられる。
 その後、景綱の子孫が数代にわたって城を居城としたが、天正13年(1585)の羽柴秀吉による紀州攻めにより、所領を失ったという。
 なお、城跡の北側麓にある善正寺は、木村氏の菩提寺とされている。
 

現 状

 城跡は舌状台地の先端部に位置する。現在は放置された農園や果樹園となり、地形の一部が改変されているが、段差は小さいものの、4か所の曲輪と帯曲輪、北側には浅い堀切が残されている。
 曲輪Ⅰ~Ⅲは、東西約23m、南北約50mの規模を有する。また、曲輪Ⅰの南側には、帯曲輪と切岸が認められる。
 

写 真

                                 
曲輪 曲輪
曲輪 曲輪
北側帯曲輪と切岸 北側堀切
北側曲輪 西側遠景


経 路

         


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 登城経路(動画)

地 図





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